1969年 66ページ

しめりを含んで石に密着した画仙紙の上を、タンポでポンポンとたたいてゆく。
石に刻まれた形がくっきりとあるいはほのかに、次つぎとびあがってくる。
この瞬間のだいご味。
石碑にしても石仏にしても、そこにそれ自体の形がすでにあ るとはいえ、そこに何を見、何を感ずるかは自分の側のことで あり、その見、感じたものを、いかに拓本の上に表現するか は、私自身の自由に委されている。写真あるいは版画にも同様 の自由はあるにはちがいないけれども、タンポの一打ち一打ち のなかに、あるいは一打ち一打ちとともに趣きを新たに生まれ 出で成長してゆく形と一つになって、刻々躍動してやまない 私、そこに拓本独自の喜びを見出して、私はこの道に惹かれて いるのである。
風雪に耐えた石の肌や一線一線の微妙な味わいは、天然のた くみ、造化の妙を含みもっている。そこにはまた、時間が刻み こまれ今私の前に凝固している。まさに時間の化石ともいうべ きものである。
この人力を超えたものを、拓本は微妙に如実に、しかも私が 見、感じたように写しとることができるのである。拓本は、だ から自然と遊ぶことであり、歴史の時間のなかに身をひたすこ とである。 手拓に、私がかぎりない奥行きを思い、尽きること のない道程を見て、そのとりことなっているのはその故であ ろう。
私は拓本それ自体のおもしろさを楽しんでいるのである。

表紙傷、小汚れ。ページ小黄ばみ、ややシミ。全体的にやや経年感あり。

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