昭和53年　372P　

鏡といえば、自分の顔をうつすものとか、自動車に乗る人ならバックミラーとかが頭に浮ぶ であろうが、そうした先入見を捨てて、この本は読んでもらいたい。鏡がこうした物であると 先に決めてしまっていたら、古鏡の研究はできない。特に古代において、はた女王卑弥呼の時 代において、鏡が社会的にどう適応されていたかということは、後世的先入観があったら全く といってよいほど覗い知ることは不可能であろう。

また古代の鏡を銅・錫・鉛の金属で造られている「物質」と考えるのも引き下げてもらうと しよう。古代日本はアニミズムで、人間が作った物も、それは神と考えられた。鏡は神の中の 最高神とまで古代日本では考えられていたのである。鏡から神格を奪って、物的に見ようとす るのは、現代的唯物論者のやることで、古代の実態とは全くといってよいほどに違う。古代に は唯物論者は皆無である。その古代を唯物論的にのみ見るのが科学とか学問と考えるのは、古 代の破壊であっても、古代の実情を知っていることにはならない。物的観点にばかり立とうと する考古学者は、唯物論者である限り、古代の破壊者である。それは古代の宗教の存在をその 面から否定しているからである。宗教否定は古代の観念否定でもある。観念論者であった古代は観念論でしか知ることはできないのだ。

唯物的考古学では、鏡を材質と、形態と形式に分けて、それの分布とか、出土状態とか物質 としての諸現象のみを追っている。そこに獲得された成果というものは、鏡の形骸であって、 肉付けはすべて忘れられている。そこには鏡からの人間の喪失はあっても、血の通った精神が 欠けている。私はこれではならぬと考える。人間の作った鏡の歴史から人間が消えてしまって は、それは歴史ではないではないか、それを美術史ということでカバーし偽装しようとして も、人間の魂は呼び出すことはできない。

「私は唯物論的でなく、観念論上から、卑弥呼の鏡に取り組んだのが、この本であることを明 言する。そして観念史を欠いてしまっている日本のもろもろの古代史書の横行を嘆きながら筆 を進めていった。無神論者であり、唯物論者であることを、学問と誤認してしまっている多く の古代史家への挑戦状として、この本は書いた。それは観念論だといって唯物論者から振り向 かれなくても、なおかつ、中国でも日本でも古代人は観念論者であり、観念の上にのみ古代史 は操作されてきたということを信じて、光りかがやく白銅鏡に、科学のメスをふるった。読者 よ、この鏡の観念史を許されよ。
昭和五十三年六月十日 福岡県前原にて
不思議さ! これはその魔法を示す書である。

生年大正6(1917)年1月1日
没年昭和60(1985)年5月27日
出生地福岡県糸島郡前原町(現・前原市)
学歴〔年〕糸島中〔昭和9年〕卒
主な受賞名〔年〕西日本文化賞〔昭和53年〕「銅鐸への挑戦」
経歴復員後の昭和21年から故中山平次郎九州大学医学部教授に師事して考古学を学び、40年平原遺跡など前原町内各地の遺跡の発掘調査に参加、鏡鑑類42面などが副葬された方形周溝墓を発掘した。その研究成果をもとに多数の著書を発表したが、2世紀後半の弥生古墳を想定、伊都国王の墓と考えた「耶馬台国論争」(44年)は現在まで続く耶馬台国論争に先鞭をつけた書として金字塔的な存在。このほか「実在した神話―発掘された『平原弥生古墳』」「卑弥呼の墓」「銅鐸への挑戦」(全5巻)などを著し、在野の考古学者として“原田古代学”を打ち立てた。
出典　日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」

中古品ですので傷・黄ばみ・破れ・折れ等経年の汚れはあります。外箱傷、やけ、小破れ。巻末の蔵書印。ページ小黄ばみ。
もちろん読む分には問題ありません。42991新

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