昭和61年　上下2冊　定価45000円　230部限定
九条家本『をちくほ』を巡って
平安朝の物語文学は、『伊勢』『源氏』『狭衣』や『大和物語』などを除けば、中世前期の古写本の伝存は極めて稀である が、『落窪』に至っては、それよりも遙か後代の中世末期の九条家本以前に遡ることはできないようである。
従って、九条家本は現状では『落窪』伝本中の最古本といってよいと思うが、『落窪物語』の成立年代が、一条天皇の 正暦元年(0)七月乃至同二年九月以降、長保三年(1001) 以前のほぼ十年間に著述されたと仮定してみても、九条家本の 推定書写年代たる永正・天文頃(一五〇四―一吾)まで、約五百年以上も伝来上の空白状態が続き、辛うじて散佚を逃れて伝わっ たと見ることができるから、本文上の問題はともあれ、伝わったこと自体、極めて徳幸といわねばなるまい。そしてまた、 他の平安朝作品の多くは、中世初期から藤原定家の手を経て善写本を後世に伝えたものが多かったのに対して、『落窪』は、 定家書写本はおろか、彼の手澤本の中にさえ見当らず、俊成 定家の蒐書を中心とする冷泉家の秘庫にさえ漏れた作品であ る。また、応仁の乱後、あれ程古典の書写や蒐書にと古典復興につとめた三条家実隆も、『落窪』の伝本に接した様子はな い。したがって、九条家本以前に遡る伝本については全くわからない。

外箱小傷、小汚れ。本体は比較的きれいです。