「少年は化石を夢見る」

　サトルが初めて化石に興味を持ったのは、小学校4年生のとき。母親に連れて行かれた博物館で、昆虫が閉じ込められた琥珀を見たときだった。
　透き通った石の中で身動きが取れないまま固まってしまった昆虫──。それは、とても不思議な光景だった。
　数日後、図書館に行き、図鑑のページを開いた。そして、琥珀の中の昆虫が生きていたのは何千万年も前のことだと知った。そんなに長い時間が経っても、琥珀の中では、生きていたときのままの姿で保存される。サトルは驚き、興奮した。
　中学生になると、本格的に化石のことを調べ始めた。すると、人間が琥珀の中に保存されるのは不可能に近いことがわかった。
　琥珀は、松ヤニのような樹脂が固まってできたものだが、これまで発見された最大の標本は、重さが1キロ弱しかないという。
　人がその中にすっぽり閉じ込められるためには、何十本もの大木の樹脂をかき集めなければならないが、そんなことはまず不可能だ。
　何か他に方法がないか、サトルは考えた。
　──凍った土地の中に閉じ込められるのはどうだろう。
　ロシアからアメリカのアラスカにかけては、土壌の温度が０度以上にならない、「天然の冷凍庫」とも呼ばれる「永久凍土」が広く分布しているという。凍った土の中なら、元の姿のまま保存されるはずだ。
　しかしここで、サトルは「地球温暖化」という問題にぶつかった。
　地球は徐々に温暖化していて、永久凍土が解け始めているという。氷の中に閉じ込められたつもりが、数十年後には腐乱死体となって発見される可能性があるということだ。
　それからも、サトルは、折に触れて調べ続けた。そして、ある研究者が書いた著作の目次の中に「人間が化石化する一番いい方法」という項目を見つけた。
　期待に胸を膨らませながら本を開く。
　研究者曰く、微生物によって分解されにくい「リン酸カルシウム」で全身をコーティングすれば、そのとき身に着けている服もろとも、化石として保存することが可能だという。そこには、具体的な方法も書かれていた。
　サトルは興奮しながら続きを読んだ。
『「リン酸カルシウム」は糞の中に存在する。従って、化石化する一番いい方法は、巨大な肥溜の中に全身を浸すことである』
　サトルは、糞尿まみれになった自分の姿を想像した。
　そして、思い切り顔をしかめると、音を立てて本を閉じた。