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「H」

田原 桂一

小学館

定価：1900円



ルーブル宮の大理石の裸像と花と果物をモチーフに、審美的解釈で表現された濃密なエロティシズム。世界的写真家が挑戦する官能の世界。





以下は作者によるあとがきです。



ある一冊の小さな詩集が、祖父の大きな仕事机の引き出しの奥から出てきた。パラフィン紙に包まれたその本は、時間とともに茶色く変色し、ページをくると僕の掌の中でバラパラと崩れそうになる。 生田春月氏の訳によるゲーテの詩集。大正九年の發行となっている。 ところどころに鉛筆と赤鉛筆で線が引かれている。そして萬年筆で詩の下に様々な想いが書き記してある。祖父の字のようでもあり、あるいは、敗戦直後に若くして他界した母の弟のもののようでもある。本の間から一枚の葉がふわっと舞い落ちた。おそらく栞がわりにしたものだろう。その葉のかたちが、はさまれていた両ページにくっきりと、葉脈すら浮かせて刻印されている。 そこには確かな時間の流れが印されているのに、何の時差すら感じないのは何故だろう。戀や愛や情、そういったものが紡ぎだす物語には、時代の差などないのだろう。

この数年間に撮り続けてきたフランスのルーヴル宮殿の彫像達と花實とで、一冊の本が出来ないものかと考えてきた。 時の中で人々の視線や、空氣や、光を思いっきり吸い込み、磨きあげられ、生命を与えられたそれらのもの達。そこに、この詩集との出會いによって艶やかな一本の軸を定めることが出來た。 しかし、こんなゲーテの詩は初めてだ。ゲーテを通して生田春月氏が新しい詩を創ったのであろう。 この詩集がなかったら、この本は造り得なかったような氣がしている。ゲーテ、生田春月氏、祖父、叔父をはじめ、様々な人の力を借り、また、多くの人々の助力と共同作業によってこの本は出來あがった。とりわけ、寫眞の構成に知恵を貸していただいた三名の女性に、深く謝意を表したい。



一九九三年　田原桂一





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