川田順 「定本 川田順歌集」 初版本・昭和17年・朝日新聞社・函

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著者プロフィール
日本の歌人、実業家。住友総本社常務理事。
東京市浅草区三味線堀生まれ。府立四中、一高を経て、1907年東京帝国大学法学部政治学科卒業。文科で小泉八雲の薫陶を受けた。
1907年(明治40年)住友総本社に入社。自宅の神戸市御影から大阪までの通勤中は藤原定家の『明月記』を精読し、会社では住友商人として主に経理畑を歩み、「住友に川田あり」の評判を得ていた。1930年(昭和5年)に理事就任後、同年一足飛びで常務理事に就任、退職後は佐佐木信綱門下の歌人として「新古今集」の研究家としても活躍。
1942年4月に歌集『鷲』『国初聖蹟歌』で第1回帝国芸術院賞受賞。同年、毎日新聞社の協力により新たな『愛国百人一首』を編纂した。1944年に朝日文化賞を受賞。
戦後は皇太子の作歌指導や歌会始選者をつとめた。

老いらくの恋
1939年に妻を脳溢血で亡くし、1944年から、元京都帝国大学経済学部教授・中川与之助の妻で歌人の鈴鹿俊子の作歌指導にあたるうちに二人は恋愛関係になり、やがて中川の知るところともなる。1948年8月、中川夫妻は離婚に至る。しかし川田は自責の念に苛まれ同年12月1日に亡妻の墓前で自殺を図った。
一命をとりとめたが、川田が家出の際に谷崎潤一郎たち友人に宛てて遺書を送っていたことから、川田の詩の一節から取った「老いらくの恋は怖れず」などの見出しで自殺未遂の顛末が報道され、俊子との交際が公になり、“老いらくの恋”は流行語となった。翌49年に川田は俊子と結婚、再婚後は京都から神奈川県に転居、俊子の2人の子を引き取って同居生活を送った。
この騒動を題材に、志賀直哉は戯曲『秋風』(1949年)を、辻井喬は小説『虹の岬』(1994年)を発表した。

朝日新聞社・昭和17年5月初版発行の川田順「定本 川田順歌集」函きです。装幀は日本画家で文化勲章受章者の堂本印象です。函に経年のヤケとスレが少しありますが、本体怡は書き込みや蔵書印などはありません。
82年前の古書であることをご理解の上、購入の検討をお願いいたします。

※志賀直哉「秋風」も出品しています。
(質問合計:0件)
目前沒有任何問答。
cyndi0082
2017-06-10 10:01
テレビ付きですか?
chan_ta55
2017-06-12 18:41
ご質問ありがとうございます。地上デジタル・BSデジタル・110度CSデジタル放送対応(4チューナ搭載)です。ご検討の上、よろしくお願いいたします。
savugaz1985917
2017-06-11 12:24
テレビ付きですか?
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