【稀少盤】ブラームス:交響曲第4番、モーツァルト:交響曲第40番 セル&NDR響
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ブラームス:交響曲第4番、モーツァルト:交響曲第40番
セル&北ドイツ放送響(1959)
手兵クリーヴランドとの完璧な演奏で名高いセルですが、故郷ヨーロッパへの客演は大好きだったようで、各地のオーケストラやオペラでの素晴らしい演奏が数多く残されています。中でもドイツの放送オケとセルの相性の良さは、EMIグレート・コンダクター・シリーズのチャイコフスキー第5番の名演でも証明済みでした。
今回登場する北ドイツ放送響との録音は、セル得意のレパートリーでもあるブラームスの4番とモーツァルトの40番をとりあげたものですが、1950年代が全盛だったといわれるセルの凄みが嫌でも実感される演奏内容となっており、クリーヴランド管との“完璧”なスタジオ盤にはない、一種苛烈な熱気と緊張がたまりません。
ブラームスは、冒頭から張り詰めたテンションが素晴らしいのはもちろんですが、ヴァイオリンの艶やかさと媚のない色気など、スタジオ録音では絶対に聴けないもの。第1楽章のコーダにおける金管の強奏など凄絶のひと言ですが、そこは厳格なリハーサルでは人後に落ちないセルのこと、かえって造型がいちだんと引き締まって聴こえるあたりはさすがです。要のティンパニもみごとに決まっています。
第2楽章もスキというものをまったく感じさせず、木管のアンサンブルにもふくよかな響きの中に小気味良い緊張が保たれています。清潔でありながら情感のこもった弦楽セクションの美しさも印象的で、一部でセルに対して言われている「情緒欠乏症」という評がウソのよう。第3楽章の音響に示される見事なバランス感覚も聴き逃せません。
第4楽章は全曲中の白眉。冒頭の金管ファンファーレからしてもはや唯ならない凄さで、指揮者もオーケストラもこの楽章には格段の注意をそそいでいることがよく分かります。静けさのなかにさえ漂う“嵐の予感”にも似た緊張が秀逸です。
モーツァルトも、研ぎ上げられた刃のような、いかにもセルならではの名演奏。極度に純化された、それでいて熱のこもった響きには、実況におけるこの指揮者の“凄味”を端的に味わっていただけることでしょう。とりわけ終楽章には脱帽です。
・ブラームス:交響曲第4番
1959年5月25日 ライヴ
・モーツァルト:交響曲第40番
1959年8月25日 ライヴ
ジョージ・セル
北ドイツ放送交響楽団
セル&北ドイツ放送響(1959)
手兵クリーヴランドとの完璧な演奏で名高いセルですが、故郷ヨーロッパへの客演は大好きだったようで、各地のオーケストラやオペラでの素晴らしい演奏が数多く残されています。中でもドイツの放送オケとセルの相性の良さは、EMIグレート・コンダクター・シリーズのチャイコフスキー第5番の名演でも証明済みでした。
今回登場する北ドイツ放送響との録音は、セル得意のレパートリーでもあるブラームスの4番とモーツァルトの40番をとりあげたものですが、1950年代が全盛だったといわれるセルの凄みが嫌でも実感される演奏内容となっており、クリーヴランド管との“完璧”なスタジオ盤にはない、一種苛烈な熱気と緊張がたまりません。
ブラームスは、冒頭から張り詰めたテンションが素晴らしいのはもちろんですが、ヴァイオリンの艶やかさと媚のない色気など、スタジオ録音では絶対に聴けないもの。第1楽章のコーダにおける金管の強奏など凄絶のひと言ですが、そこは厳格なリハーサルでは人後に落ちないセルのこと、かえって造型がいちだんと引き締まって聴こえるあたりはさすがです。要のティンパニもみごとに決まっています。
第2楽章もスキというものをまったく感じさせず、木管のアンサンブルにもふくよかな響きの中に小気味良い緊張が保たれています。清潔でありながら情感のこもった弦楽セクションの美しさも印象的で、一部でセルに対して言われている「情緒欠乏症」という評がウソのよう。第3楽章の音響に示される見事なバランス感覚も聴き逃せません。
第4楽章は全曲中の白眉。冒頭の金管ファンファーレからしてもはや唯ならない凄さで、指揮者もオーケストラもこの楽章には格段の注意をそそいでいることがよく分かります。静けさのなかにさえ漂う“嵐の予感”にも似た緊張が秀逸です。
モーツァルトも、研ぎ上げられた刃のような、いかにもセルならではの名演奏。極度に純化された、それでいて熱のこもった響きには、実況におけるこの指揮者の“凄味”を端的に味わっていただけることでしょう。とりわけ終楽章には脱帽です。
・ブラームス:交響曲第4番
1959年5月25日 ライヴ
・モーツァルト:交響曲第40番
1959年8月25日 ライヴ
ジョージ・セル
北ドイツ放送交響楽団
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