![](https://static.mercdn.net/item/detail/orig/photos/m35315493486_1.jpg?1719483004)
形は珍しい四方形、作行は9代了入の箆造形を継承している弘入らしい多彩な箆使いで成形し、弘入の巧みさが分かる作品です。絵付は同時代の巨匠菊池芳文が行い白蓮を清々しく描いており、箱蓋裏に芳文の自筆で『白蓮 芳文繪』と署名し印が捺してあります。弘入の共箱は蓋表に『赤茶碗 樂吉左衛門造』として印が捺してあります。高台内に樂印が捺してあります。印は八樂印とよばれる吉左衛門時代のもので、隠居するのが大正8年(1919)ですので制作されてから少なくとも100年以上は経過していることが判ります。茶碗の周りに数印といい高台印以外に二箇所捺してあります*写真⑩⑪。箱は指物の名工一瀬小兵衛で箱裏に印が捺してあります*写真⑰。
口径(四方)11.5㎝ 高さ7.4㎝ 高台径4.8㎝
▢樂弘入(らくこうにゅう)
安政4年(1857)~昭和7年(1932)
樂家12代。千家十職。11代慶入の長男。名~吉左衛門。
明治4年(1871)家督を継ぎ襲名。赤楽の箆使いが豪放で、黒樂の二重幕釉を得意とし、特に黄ハゲ釉黒茶碗が有名。。印は樂の字の幺が数字に8に見える大小の「八樂印」、紀州徳川頼倫候筆の「樂」の字印、伏見宮貞愛王からの拝領印、西本願寺用の繭形に「澆花」の印、碌々斎宗左筆の草書「樂」の字印、他に「十二代喜長」の角印を使用。大正8年、滋賀県石川に隠居。
▢菊池芳文(きくちほうぶん)
文久2年(1862)~大正7年(1918)
画家。四条派。京都絵画専門学校教授。文展・帝展審査員。滋野芳園・幸野楳嶺に師事する。大阪から京都に出て画を学び、花鳥画に優れる。明治40年、第一回文展から審査員として活躍。
▢一瀬小兵衛(いちせこへえ)
明治4年(1871)~昭和13年(1938)
指物師。三代指物師小兵衛(指小さしこ)
裏千家圓能斎宗室の愛顧を受け、その好み物を始め、棚物・煙草盆・菓子器・炉縁などを制し、特に桐細工に優れて名工と称された。
【参考文献】
落款花押大辞典 淡交社
#自分だけの茶道具を持ってみませんか
#茶道具
#茶碗
#樂焼
#楽焼
#京焼
#千利休
#樂
#弘入
#吉左衛門
#千家十職
#絵師
#菊池芳文
#指物
#一瀬小兵衛
#陶芸
#茶器
#茶事
#懐石
#茶道
#茶室
#茶会
#京都
#茶道
#表千家
#裏千家
#武者小路千家
#茶の湯
#美
#アート
口径(四方)11.5㎝ 高さ7.4㎝ 高台径4.8㎝
▢樂弘入(らくこうにゅう)
安政4年(1857)~昭和7年(1932)
樂家12代。千家十職。11代慶入の長男。名~吉左衛門。
明治4年(1871)家督を継ぎ襲名。赤楽の箆使いが豪放で、黒樂の二重幕釉を得意とし、特に黄ハゲ釉黒茶碗が有名。。印は樂の字の幺が数字に8に見える大小の「八樂印」、紀州徳川頼倫候筆の「樂」の字印、伏見宮貞愛王からの拝領印、西本願寺用の繭形に「澆花」の印、碌々斎宗左筆の草書「樂」の字印、他に「十二代喜長」の角印を使用。大正8年、滋賀県石川に隠居。
▢菊池芳文(きくちほうぶん)
文久2年(1862)~大正7年(1918)
画家。四条派。京都絵画専門学校教授。文展・帝展審査員。滋野芳園・幸野楳嶺に師事する。大阪から京都に出て画を学び、花鳥画に優れる。明治40年、第一回文展から審査員として活躍。
▢一瀬小兵衛(いちせこへえ)
明治4年(1871)~昭和13年(1938)
指物師。三代指物師小兵衛(指小さしこ)
裏千家圓能斎宗室の愛顧を受け、その好み物を始め、棚物・煙草盆・菓子器・炉縁などを制し、特に桐細工に優れて名工と称された。
【参考文献】
落款花押大辞典 淡交社
#自分だけの茶道具を持ってみませんか
#茶道具
#茶碗
#樂焼
#楽焼
#京焼
#千利休
#樂
#弘入
#吉左衛門
#千家十職
#絵師
#菊池芳文
#指物
#一瀬小兵衛
#陶芸
#茶器
#茶事
#懐石
#茶道
#茶室
#茶会
#京都
#茶道
#表千家
#裏千家
#武者小路千家
#茶の湯
#美
#アート
其他推薦商品: