漢詩人 梁川星巌 書 扇面まくり 岐阜
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梁川星巌 (やながわせいがん)
生没年:1789-1858(寛政1-安政5)
江戸末期の漢詩人。名は孟緯,字は公図,通称新十郎,星巌・詩禅と号する。美濃安八郡曾根村に生まれる。19歳のとき志を立て江戸に遊学し,古賀精里,山本北山に学び,22歳で再び北山に師事し,大窪天民(詩仏)らと交際。1817年(文化14)帰郷,作詩するとともに弟子をとった。20年(文政3)女流漢詩人紅蘭と結婚,四方を遊歴し,32年(天保3)江戸神田お玉ヶ池に玉池吟社(ぎよくちぎんしや)を開き,江戸詩壇に指導的地位を占め,藤田東湖,佐久間象山らと交わった。46年(弘化3)京都に移居し,悠々自適のかたわら梅田雲浜,頼三樹三郎らと時局を論じた。幕吏から尊攘論の首唱者と目されたが,大獄が始まる直前に没した。詩風は,はじめ宋詩のち唐詩を好んで一家をなし,寛政以降の一流の詩人として世に〈日本の李白〉と称され,その詩は頼山陽の文章とともに天下の双璧と評された。詩集に《星巌集》,文集に《星巌先生遺稿》などがある。
梁川星巌 (やながわせいがん)
生没年:1789-1858(寛政1-安政5)
江戸末期の漢詩人。名は孟緯,字は公図,通称新十郎,星巌・詩禅と号する。美濃安八郡曾根村に生まれる。19歳のとき志を立て江戸に遊学し,古賀精里,山本北山に学び,22歳で再び北山に師事し,大窪天民(詩仏)らと交際。1817年(文化14)帰郷,作詩するとともに弟子をとった。20年(文政3)女流漢詩人紅蘭と結婚,四方を遊歴し,32年(天保3)江戸神田お玉ヶ池に玉池吟社(ぎよくちぎんしや)を開き,江戸詩壇に指導的地位を占め,藤田東湖,佐久間象山らと交わった。46年(弘化3)京都に移居し,悠々自適のかたわら梅田雲浜,頼三樹三郎らと時局を論じた。幕吏から尊攘論の首唱者と目されたが,大獄が始まる直前に没した。詩風は,はじめ宋詩のち唐詩を好んで一家をなし,寛政以降の一流の詩人として世に〈日本の李白〉と称され,その詩は頼山陽の文章とともに天下の双璧と評された。詩集に《星巌集》,文集に《星巌先生遺稿》などがある。
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